夢は涙の先に

お見送りの列は4列。スタッフさんにより一番左側の列のメンバーから発表されて、最後に残った右側の列に仲谷がくることを確認して、私はすぐに右に向かった。はるきゃん、たこやき、ちかりな、仲谷の組み合わせだった。私はさっさと行くかとかなり早い段階で列に加わっていたんだけれど、ここでスタッフさんからアナウンスが入る。「仲谷はまだ準備が出来てません。仲谷でお待ちの方はそのまま待っていってください」
うわ。悪い予感がした。足が痛いと最近よく耳にするのでそれが爆発したんじゃないだろうか。たしかに今日のパフォーマンスはちょっと自信なさ気なところが多かったし、やり切れてなかったところなんかも多少あったんだけど、それは初日の緊張と忙しさからくるレッスン不足によるものだけじゃなくて足が痛かったからというのもあるんじゃないだろうか。見ていてどうも体が何らかの原因で付いていってない感じで、最後にやってくれた涙サプライズも、もえちんのがハツラツと踊ってて、さすが選抜だなあなんて思ってたんだけど、やっぱり仲谷にも元気に踊って欲しいよ。だから本当に心も体もゆっくり休めて欲しい。仲谷は公演の途中からはフリをなぞってるだけというかフリを覚えてはいるんだろうけど小さかったり、フォーメーションとか移動するときにぶつかってたりしてて、愛の毛布でも、何人か揃って前に出るところでもう一歩前に出切れてなかったり、ハートが風邪をひいた夜の最初のスタンバイの位置をゆうちゃんに指摘されてちょっと直したりとかしてて、色々と課題を仲谷自身が再確認できたんじゃないかと思う。だから初日はそれでよかったと私は思うけど、それでもやっぱり悔しくて泣いちゃうところが仲谷らしいっていうか、切なくて可愛くてだから可愛かった。(勝手に悔し泣きにしちゃってますけど、間違いだった場合は素直に土下座します)
仲谷は他所のチームの公演に出たことがこれまでずっとなかった。こないだ研究生公演に助っ人していたのが初めてだったんだけど、それだって相手は研究生だし、それよりも公演内容が同じ「アイドルの夜明け公演」だったのが大きかったじゃないかと思う。同じ公演なら積み上げた練習や経験でカバー出来てたろうし、それが自信に繋がったんじゃないかと思う。でも今回は公演内容もメンバーもガラっと違う。AやKに混じって通常公演をすることは多くのBメンにとって初めてで、元チームAで色んなメンバーと交友があるなっちゃんですら初日はガッチガチに緊張してたしで、やっぱりこれは本当に特別なことなんだと思う。だからこそ吸収できるもの、これからに繋げていけるものが沢山あって、だから私は本当にGロッソを楽しみにしている。混じってんだよ、だって。Bが混じってるの。たしかオカロが昔ひまわり公演のときに、同じステージに立つ以上は研究生とか正規メンバーとか関係ない、みんなでチームでみんなライバルだ、みたいな意味のことを言ってたと聞いたことがあるんだけど、本当にその通りで、その精神に触れて欲しいし、そうやって言えてしまう人になって欲しいと思う。他のチームのパフォーマンスを見られるというのは本当に大きいし、精神に触れられるというのは本当に素晴らしいことだと思う。だからこれからもGロッソやひまわり組は続いていって欲しいと思う。
で、だいぶ話が逸れちゃったけど、出てきた仲谷はもう人目見た瞬間から泣いてることがわかった。他のお客さんとそれを見送り終えたメンバーが全員捌けたその後に仲谷は出てきた。待たされる時間が長くなるにつれて、ああ、これは泣いてるなと思ってたんだけど、いざ泣いてる彼女を見ると心が引きちぎれそうだった。仲谷を待っていたのは私を含めて7人で、みんな口には出さないけどどこか落ち着きがなくて、出てこない仲谷を心配しているみたいだった。スタッフさんの厚意で仲谷の列はかなりゆっくり見送りをしてもらえて、みんないくつか会話をしているようだった。仲谷が近づく。真っ白い肌に真っ赤なアンコール衣装がとても映える。綺麗な指先が目を拭う。乾かない指先がまた新しい涙を掬っても掬ってもいつまでも仲谷の涙は溢れたままだった。私が一番最後に見送ってもらうことになったのだけれど、もう本当に色々考えたけど、実際は全然考えられてなくて、とりあえず「初日お疲れさま」と言った。気がする。仲谷は溢れてくる涙を抑えよう抑えようとして、でも止められなくてって感じでとても苦しい顔をしていて、そんなに苦しまなくていいのにと、抱き締めたい衝動にかられた。抱き締められるものなら抱き締めたかった。ありがとうございます、と何度も仲谷は繰り返して、私は「また来ます」「次は笑顔で見送ってください」と仲谷にむかって微笑んだ。優しい顔をしたつもりだ。ちゃんと出来てただろうか。わからないけど、そのときの私に出来た精一杯で仲谷と対峙した。仲谷はやっぱり涙を拭い続けて、ありがとうございます、と小さな声で呟いた。「次」があることを感じて欲しかったんだけれど、私の力では無理だったかもしれない。私と仲谷の間には赤いテープのしきりがあって、しきりの外と中で私は仲谷には触れることはできない。思わず腕を伸ばしたくなる衝動にかられたんだけど、私は仲谷には触れない。それが私と仲谷の、ヲタとアイドルの距離だ。掛けられる言葉はきっと優しいものばかりだっただろうけど、結局仲谷は自分で乗り越えなければならない。私たちは彼女が奮起できるように声を掛けることしかできない。たったそれだけなんだけど、でも声を掛けることはできる。出来ることは何もないと私は思った。なんて自分は無力なのだろうと仲谷から離れてふらふらロッソから去るときに思った。とりあえずお手紙を書こう。それしかできない。それだけはできる。ならば出来ることをやるしかない。仲谷は、アイドルは、自分に出来る精一杯を私たちに常に見せてくれているのだから。
仲谷が偉いなと思ったのは、他のメンバーとそのお客さんが全員捌けてから出てきたということ。なるべく不快な思いをさせたくないという仲谷の気配りがそこにはあって、でも、残ったヲタにはちょっとだけ自分を見せてもいいと心を許してくれてるみたいで、かなり不謹慎かもしれないんだけど、ちょっと嬉しかった。目の前で女の子にあんな風に泣かれたの初めてだったから、本当に衝撃というかどうしたらいいのか分からなかった。これも不謹慎かもしれないけど、とても綺麗な涙だった。指先についた雫がきらきら光ってた。韓国海兵隊合宿を経て、強くなった仲谷は泣かなくなったといつかモバメで言っていたけど、その涙は弱いから流れた涙じゃなくて、強くなろうと流れた涙だから、これからまた仲谷は強くなる。きっと。絶対に。私はそれを見守っていたい。私は仲谷のことが好きだから。仲谷を応援していたいから。またきっと見に行きます。仲谷。いつも応援しています。