21時すぎの「おは」

それが届かなくなって数日が経つ。普段ならそこまで気にはしない。あはは、もう、忘れん坊さんなんだから。たまには私たちのことを思い出してよね、え、どうしても忘れちゃうんだって? まったくぅ、ほーんと可愛いな、こいつぅー。人差し指で柔らかくおでこを突付いて、仲谷が照れくさそうに笑う。想像の中でも仲谷は信じられないほどに可愛い。だからモバメが届かなくても私は全然気にしないし、仲谷が自分のための素敵な時間をすごしているのだと逆に喜ばしく思う。だが、体調不良だと聞いてはそうは思えない。仲谷に平穏な「おは」が訪れていないことを想像させて、心配になる。うなされているのではないか。咳がとまらないのでは。寝苦しくはないだろうか。熱は。病院には行ったのだろうか。早く良くなることだけを祈るけれど、本当に自分の無力を痛感する。
日曜の公演で見た彼女の姿は、本当につらそうだった。笑顔と笑顔の合間。つらそうな眉根が瞬時に笑顔に取って代わるその瞬間を見るたびに私の胸は激しく痛んだ。次のフレーズは仲谷が歌う。注意深く見てみる。仲谷は一つ息を吐き、そして笑顔になる。歌う。私はぐぅっと服を握り締める。張り裂けそうな胸の痛み。でも、私は暗い顔をしちゃいけない。だって仲谷が笑っているから。
M01「アイドルの夜明け」でクラリネットを吹く仲谷は、苦しそうにすべて口呼吸でまかなっていた。クラリネットという楽器の特性上、その度にマウスピースをがっちりとホールドしなおさなければならず、またミスをしないようにと相当の精神と体力を使ったんじゃないのかと思った。それでも彼女のトリルは美しく響く。音の上げ下げを繰り返す美しい音色に私の心もまた震えた。
M04「拳の正義」の終盤、真ん中に集まるフォーメーションの前に、全力で下手に捌ける仲谷を見た。そのままMCに突入。何度下手を見ても、仲谷は戻ってくることはなかった。いただきまゆゆしても、お天気お姉さんワールドに夢中にさせられても、てやんでぇしても、はるごんが上手からやってきても、アデージョしても、番長に失笑しても、ロックミンまで辿り着いても、仲谷は出てこなかった。そこまで辛いのか。天国野郎は出てくるだろうか。仲谷を見たい気持ちはあるけれど、天国野郎はかつてCinDyの怪我を招いたユニットだ。他のユニットも十分注意すべきだが、その事実がどうしても私をハラハラさせる。フラフラした状態で出てしまってもしもコケたら。倒れたら。心配でたまらない。だから本当に無理なら休演して欲しいと心から思っていた。でも、仲谷は出てきた。画家のコスプレをして、BDを引き連れて右に左にパラダイスを振りまいた。ああ仲谷。あなたはなんて仲谷。どれほどまでに仲谷なのか。おやつ公演に引き続いて入った夜公演ではその容態があからさまに悪化していた。仲谷に一番注意を払っていたけれど、M03「春一番が吹くころ」で異変に気が付く。バスの最後尾で居眠りする仲谷の肩をちょんちょん叩いて起こしてくれる、クリスがいない。クリスも体調がよくないとモバメに書いて寄越していたけれど・・・。仲谷も後半は数曲休んでいて、休日三回公演の過酷さを改めて私に教えてくれた。でもその日は正式メンバーになってから初めて小原春香さんの生誕祭が行われる日で、どうしても出たいのだと仲谷はモバメで教えてくれていた。だからたぶんどんなになっても仲谷は出るだろうと思っていたけれど、そういう頑固な仲谷は知っていたけれど、本当に心配でしょうがなかった。「タンポポの決心」でたまに辛そうに眉を寄せて、それでも優しい顔で柔らかい歌を届けてくれる仲谷に泣きそうになった。途中、CinDyと視線を交わしたとき、励ますようなその視線に、はっきりと頷いて返す仲谷がいた。また泣きそうになった。私にできることは一緒にサビのフリをすることだけだ。それにだって何の意味があるかはわからないけれど。でも。拳で胸を叩く。この想いを綿毛に乗せて、届け、仲谷まで。支え合うメンバーまで。手を伸ばす。眩しい春の日差しのようなライトに照らされたメンバーたちが、私たちに向かって手を振る。閉まっていく緞帳。仲谷。手を振り合えた、そんな気がした。
アンコールはたぶん出てくる、確信にも似た思いがあった。らぶたんも足を捻挫していて万全の体制ではないという。そのときの彼女の言葉を思い出していた。
「アンコールはお客さんがもう一度自分たちを見たいと思って掛けてくれるもの。だから休むなんて考えられない」
およそ中学生とは思えない、その言葉の力強さ。全員この気持ちを持てなんて言えないし、言わない。実践すべきだとも思わないし、出来なかった人を非難するつもりもない。だって誰よりも彼女たちがその言葉の尊さや素晴らしさを感じているものだと思うから。
思ったとおり仲谷はアンコール明けはフル出場していた。細かいフリの間違いがいくつかあったような、なかったような気がするけれど、そんなことどうだっていい。その場に立っていてくれるだけで、出たいと思ってくれるその気持ちがとても嬉しい。仲谷が気にしていた姫の生誕祭はとても温かい空気で進んだ。しっかりとした考えとお客さんを心から大事に思うそのコメントにもらい泣きするメンバーがいた。涙しながら振り返るらぶたんに優しく微笑む仲谷がいた。本当は立っているだけで辛いはずなのに、仲谷は笑顔だった。姫、おめでとう。仲谷ありがとう。みんなありがとう。ありがとう、心から。メンバー、スタッフ、誰より、あなたに。
温かい気持ちを持ちながら帰路についた。でも圧し掛かるのは仲谷のこと。体調が本当に悪いようで、早く治るようにと祈った。神田神社で授けてもらったお守りが効力を発揮してくれればいいと願う。でも仲谷から「おは」は来ない。心配だ。
そして体調不良なのは仲谷だけじゃない。ゆうちゃんはまさに今日、喉を切開する。何の病気かは具体的には分からないけれど、それでも「もしかしたら声が一生でなくなるかもしれない」という思いが彼女をどんなに不安にさせているだろうかと思うと、やっぱり私の胸は張り裂けそうになる。ゆうちゃんは昨日何度となく明るいモバメを送ってきてくれた。消灯時間がこんなに早いんだねと、こんなに早く寝るの久しぶりだなと、明日に備えてもう寝るね、と。不安で寝られるわけないだろうに、心配をさせないように振舞う彼女の強さは本当に私の心を殴りつける。ゆうちゃん、あなたの手術が無事に終わりますように。早く治りますように。そんなゆうちゃんのことを心配したモバメがなるるから届いた。なるるもまた入院中の身で、それなのにゆうちゃんのことをただ気遣ったモバメに、泣きそうになった。年をとったのか知らないけれど、どうにも私は最近涙もろくていけない。なるるのモバメを読みながら、そんな、なるるのことを気遣った美香ちぃのことを思い出した。美香ちぃだって毎日が不安で仕方ないだろう。ようやく受け取れた手紙を片手に嬉しそうにしていた美香ちぃ。なるるの腰のことを聞いて、一生懸命なるるのためにメールや絵を描いたんだそう。それになるるはとても感謝していて、気遣う人と気遣われる人の美しい姿に私は胸が洗われたのだった。骨折していたことを心配させまいと笑顔でひた隠した亜美菜。ケガからやっと復帰しようとしているCinDy。激痛の走る腰のために休演が続く、でも、その立場のために「休演」とさえ記してもらえない、みきぽむ。公演を何とか気合で乗り切ったものの、体調を崩してしまった、番長。疲れがたまっているのが見ていて分かる、ゆきりん。クリスもまだ体調不良から快復しないらしい。私たちを楽しませてくれる彼女たちはこんなにも満身創痍だ。それでも彼女たちは笑顔を絶やさない。本当にすごいことだ。私はそれに何ができるのだろう。やっぱり自己満足で応援することしかできない。自己満足なのはわかっているけれど、私はひとつの願掛けをすることにした。
ゆうちゃんが退院するまで禁酒する
大したことない願掛けかもしれないが、やってみようと思う。私の願掛けなどなくても、きっとゆうちゃんは快復するし、仲谷だってクリスだって美香ちぃだってなるるだってぽむだって、他のメンバーも全員快復すると思うけど、でも、枯れ木も山の賑わいだし、というよくわからない理由で、ここに禁酒を宣言します。みんなが早くたくさん元気になりますように。