夢の跡

 
子供の頃の夢は、仮面ライダーになることだった。
医者だ、パイロットだ、大人たちはそういう夢こそを褒めた。
自分からしてみれば、とてもつまらない夢だったのだけど。
大人たちからの早く大人になってほしいというプレッシャーと、子供らしくいて欲しいというプレッシャー。
僕たちは板ばさみになりながら、その中で「自分の夢を持つ」ことを当然のように義務付けられた。
それを叶えることが、人生の成功で幸せだと教えられていく。
そして、仮面ライダーになりたいという夢は抹殺されていく。
子供のたわごとだと、でも子供らしい子供だったと、ありがたくもない評価を押し付けられて、それで、おしまい。


僕の今の夢は、なんだろうか。
そんなことを考える時間も日も少なくなった。
将来の夢から逃避したくて、現実に身を浸す。
でも、それこそが現実逃避なんじゃないか?という疑問には蓋をして。
 
 

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古びたロッカーが、不快な高い金属音を立てる。
来月の大型連休を最後に、僕はこの場所に来ることもなくなる。
新しいアトラクションのオープニングスタッフにどうか、というありがたいお話もいただいたけれど、僕はそれを考える間もなく辞退した。
週に何度かとはいえ、この場所に来るのは正直しんどい。
本当に何にもない山の中なのだ。
景気のいい頃にテーマパークを建てるのには適してる場所だったかもしれないが、今では半分閑古鳥の住処と化してるようなところだった。
修理されることもないロッカーが、今の経営状況を反映している。
節電の貼り紙が威光を放つ、小さな窓から光を取り入れるだけの薄暗いロッカー室で、僕は仕事着に袖を通す。


真っ黒なタイツ。
春休みのせいで少し太ってしまったかもしれない。
おなかのふくらみが少し目立つような気がする。
たかが扮装とはいえ、過酷な労働下にあるはずの君たちが太ってるはずはない、つまり太ったらクビだ、と支配人に言われたことを思い出す。


ぐっと下腹に力が入る。
来月の頭でもう辞めるとは言え、ここでクビだなんて中途半端なことはしたくなかった。


僕が僕である最後の瞬間、鏡に映る自分の顔を見る。
いつから始めたのかわからないけど、もうすっかり体に染み付いた習慣だ。
何らかの事情でそれができないと、僕は僕のままステージに立つことになって、結果、とても中途半端な演舞をしてしまうのだ。


どうってことはない、ただのバイト。
でもやるからには全力でやりたかった。
鏡に映る自分にガンを飛ばしながらゆっくりとマスクを装着する。
顔をあげて見た鏡の中に、もう僕はいない。
 
 
僕は、いま、ショッカーだ。